先日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致被害者である蓮池薫さんのお話を聞く機会に恵まれました。1978年に拉致され、2002年に帰国を果たすまでの北朝鮮での生活と状況を冷静に詳細に、時にはユーモアも交えながら語ってくれました。帰国から10年余りの間で蓮池さんが執筆した本などで、拉致の状況から生活の様子は多く語られていることと思います。以下では、蓮池さんによる現在の北朝鮮に関する分析について、メモしておきます。
- 蓮池さんは拉致後から北朝鮮の工作員に日本語を教えていたと言います。しかし、1987年に大韓航空機爆破事件が発覚してからは、日本の新聞(朝日、毎日等)、週刊誌、月刊誌の掲載されていた政治や経済、軍事などに関する記事を翻訳していたということです。
- キム・ヒョンヒ元死刑囚の証言等によれば、田口八重子さんも工作員教育に従事していたとされます。他の、まだ帰国が果たせない拉致被害者の日本人はどのような業務に従事し、役割を果たしているのでしょうか?
- 北朝鮮国民の金日成に対する支持を100%とすると、金正日は70%、金正恩は30%程度の支持率といいます。1994年から95年にかけての食糧危機が北朝鮮における転換期だったと指摘されます。というのは、それまでの食物配給制が食糧危機により廃止されたことで、人心が国から離れ出したからです。
- 2009年に北朝鮮がデノミをした際、北朝鮮は国民に金正恩の名前で「配慮金」を支給しました。その時には既に、北朝鮮が金正日の後継者を金正恩とし、国民に知らしめておこうとの意図があったと考えられるということです。
- 北朝鮮という国と、北朝鮮国民という人は分けて見る必要がある、両社は別物というのが、蓮池さんの考えです。国同士の交渉と、民間人同士の交流、例えば学術交流などは別ということを意味するのでしょう。
- ただし、民間人を装った政府・情報機関関係者が活動することは、北朝鮮に限らないことです。たとえ民間といえども、"国際交流"を手放しで歓迎することにリスクはあるのではないでしょうか。
- 六カ国協議の枠組みでは、主に核開発、ミサイル問題が交渉の主要テーマであり、拉致問題はなかなか中心議題にはなりえません。六カ国協議による交渉再開を目指しながら、日朝間の問題解決を図る二国間協議も並行して進めるべきだ、ということです。
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