2010年11月16日火曜日

Derry/Londonderry

14日日曜日、北アイルランドのデリー/ロンドンデリーを日帰りで訪れました。ベルファストに次ぐ第二の都市とされますが、人口は約10万6000人。奇妙な静けさに包まれた街という印象を持ちました。

アイルランド北部にあり、街の西側で共和国と接する古都。Real IRAが活発な地域でもあります。北アイルランドではここ2-3年、未遂を含む爆破事件が多発していると報道されており、デリーでも10月に街北部のショッピングセンター近くで、自動車に仕掛けられた爆弾が爆発する事件がありました。クラスメートにデリーを訪れたことを話すと、「危険な雰囲気はなかったか」と気をもんでくれました。共和国の人も北の不穏な情勢を懸念しているようです。

街の中心部は、プロテスタントの入植者が17世紀初頭に築いた城壁で囲まれています。城壁の街というとクロアチアのドブロブニクを思い出しますが、壁はそれほど高くはありません。

午後12時半頃に中心部に着いたのですが、ショッピングモールは閑散としており、聞けば13時開店とのこと。城壁内の中心部は一時間もあれば十分歩いて回れる程度の広さです。モールは大小合わせ3か所ほどあり、夕方4-5時にはクリスマスセールを楽しむ買い物客で溢れていました。街中を歩きながらふと見上げると、通りには数メートル間隔で監視カメラが設置されていることに気づきました。

城壁の外には住宅地が広がります。カトリック住民が多い一角なのか、所々に共和国の国旗が掲げられています。城壁に展示されている大砲の背後から外側を眺めると、砲がちょうどその一角に向いていて、偶然とはいえ、少し暗澹たる気持ちに襲われました。

共和国国旗がはためく一帯には、紛争で亡くなったIRA/Sinn Fein関係者を弔う記念碑がいくつかあります。とりわけ象徴的な意味を持つのは、1972年1月30日に公民権を求めるカトリック住民が英国軍に殺害された「血の日曜日事件」のモニュメントです。
モニュメントの近く、英国軍に撃たれた数人が亡くなった場所の辺りに"Museum of Free Derry"があるのですが、この日は休日で見学できませんでした。また、この一角にはカトリック住民側から見た紛争をモチーフにした壁画が多く、行く人の目を惹きつけ、見つけるたびに足が止まりました。
街で接した人の印象はというと、やはりアイリッシュです。警戒するかのように、こちらをじっと見つめていると思いきや、一旦、言葉を交わすと優しく親切で、裏のない笑顔を見せてくれます。そしておしゃべり好き。ダブリンから空路で日帰りしたのですが、空港の往復に乗ったタクシーでは、話が途切れることはありませんでした。

ただ、言葉の端々や何気ない一言に共和国とダブリンへの対抗心や、英国への親近感が読み取れます。もちろん人によるのかもしれません。例えば、「ダブリンから来たのか?ダブリンは好きか?人が良いからな。でも、俺たちロンドンデリーの方がもっとフレンドリーだ」とか、「ロンドンで10数年働いていた。いい街だ。戻りたい」といった具合です。

付言すれば、街の名前も共和国の人の多くは「デリー」と言い、北アイルランドでは「ロンドンデリー」の呼び名が好まれているようです。

夕方、市役所を兼ねるギルドホール近くで18世紀から続くパブにブラリと入りました。中高年の男性客10人くらいがビールを飲みながら早口のおしゃべりに興じ、テレビのフットボール中継を見ては歓声を上げています。その姿と雰囲気はダブリンで見る光景と何ら変わりはありません。

午後6時半。空港へ行くのにタクシーを捕まえようと、買い物客が家路を急ぐ中心部を歩いていると、城壁の落書きに目が留まりました。

"PRIDE NOT PREJUDICE" 「偏見ではなくプライドを」

2010年11月13日土曜日

Terrorism, Transnational Crime and Corruption Center

先日、修士論文の提案書を提出しました。テーマはEU Homeland Securityについて。近い将来の加盟国拡大を視野に、マネロン・テロ資金供与対策を柱に政策を分析・検討したいと考えています。過去に紛争があり、国際的な組織犯罪活動が活発だった北アイルランドとバルカン諸国のケーススタディを提案してみたのですが、広範にわたり、言葉の壁もあるため、対象を絞らざるを得ないかもしれません。加えて、Homeland Securityなら当然、国境や出入国政策についても触れるべきであり、来年1月にスーパーバイザーが決まるまで、アイデアを煮詰めようと思っています。

これまでの過程で大変役立ったのが、米国バージニア州立のGeorge Mason Universityにある研究所"Terrorism, Transnational Crime and Corruption Center (TraCCC)"の論文やリンクでした。本ブログのお気に入りサイトの一つとしてブックマークしてあります。

http://policy-traccc.gmu.edu/index.html

同センターの創設者で主宰者のLouise Shelley教授はUniversity of Pennsylvaniaで社会学の博士号を取得、フルブライト奨学金でロシアへ渡った経験があり、旧ソ連諸国での組織犯罪に詳しい学者です。Shelley教授は私のフルブライト留学が決まった際に、同センターへ来るよう強く勧めてくれたのですが、当時、センターはAmerican UniversityからGeorge Masonへ移るさなかにあり、同大学の講義プログラムがそれほど豊富でなかったように思えたことから、周囲の勧めなどもあってGeorgetown SSPを選んだ経緯があります。

http://policy.gmu.edu/tabid/86/default.aspx?uid=76

にもかかわらず、研究滞在中に取材した時には適切なアドバイスをして下さり、大変助けてもらいました。そもそも国際的な組織犯罪とテロリスト・テロリズムの関係に興味を持ち、フルブライターになって今の生活を送れるのもShelley教授とTraCCCを知ったお蔭だと思っています。

研究分野の幅広さと活発さ、そしておそらく米国国務省とFBIと思われる政府当局との協力関係の強さには、日本の通信社のワシントン特派員も「日本の関係者はTraCCCには接触すべきだ」と評価しています。よくよく調べると、国際的組織犯罪とテロのほかに、紛争に関する研究も行われています。

昨日も大学の図書館からアクセスし、今後の研究の参考になりそうな論文や発表を片っ端からファイルに保存してきたところです。来秋には、Shelley教授とTraCCCに少しでも認めてもらえるような研究結果を残したいと願っています。

2010年11月9日火曜日

PKO and Intelligence

Reading Week明けの月曜日、Resolving & Managing Conflictの講義で国連PKOの概説がありました。先のエントリーで紛争介入・解決におけるintelligenceについて触れましたが、この日の講義でも取り上げられました。

担当教授で学科長のJohn Doyle博士は「ad-hocではあるが、intelligenceは当然活用されている。だが、アメリカやイギリスをはじめ、安全保障理事国のP5(Permanent Five)に限られるのが実情だ」とのことです。PKOは安保理決議によって実施されるためですが、派遣先相手国に関するintelligenceは意思決定レベルにとどまります。そして平和維持活動の現場レベルでは、情報交換・共有はあってもintelligenceは共有されません。

それもそのはずで、そもそもintelligenceは意思決定者decision makerのために、危険を冒して現場から集めた情報の分析と集約の産物だからであり、一国が易々と他国、ましてや危険を冒して現場に来ていない国に与えるわけがありません。そういう意味では、米国と英国の安全保障における同盟関係がいかに蜜月かという事実が理解できます。Georgetown SSP教授で、米国防大学 The National Defence Universityの教授でもあるRichard Russell博士が「Security Studiesは第二次大戦後、米国と英国で築き上げた」といっていたのを思い出しました。日本の政治家がしばしば「日米は強固な同盟関係にある」と手垢のついたフレーズを声高に叫びますが、それは東アジアやせいぜい太平洋地域においてのことにすぎません。

John Doyle
http://www.dcu.ie/info/staff_member.php?id_no=501
http://www.ria.ie/our-work/committees/committees-for-the-humanities-and-social-sciences/international-affairs-committee/biographies.aspx
Richard Russell
http://explore.georgetown.edu/people/rlr8/?action=viewgeneral
http://nesa-center.org/faculty/russell

話がそれますが、米英に関して言えば、国連安保理決議もなく、しかも、たった一本のガセ・ネタ元の情報で第二次イラク戦争へ突入したのは、戦略的に愚かとしか言いようがない訳です。この問題に関しては、intelligenceのpoliticization(政治化)にも原因があるのですが、ここでは触れません。

いずれにせよ、P5にはなりえない日本が他国から敬意を表される、頼りにされる存在となるために何をすべきか。あるいは、後方支援や資金援助、選挙監視と警察指導の現状のままでいいのか。憲法解釈・改正論議も重要ですが、その点に終始しない議論を期待したいです。

intelligence活動の80%はopen sourceの収集と分析と言われます。Doyle博士によると、それはPKOにも当てはまるとのことです。このクラスでは以前、「紛争の兆候をどう察知するか」という課題が出され、International Crisis Groupの"Grisis Watch"で一つの紛争国を取り上げて各自で分析しました。International Crisis GroupはNGOで、世界各地に調査員を派遣しており、アジアではタイ・バンコクに拠点があるようです。

Grisis Watchを見るとわかるのですが、まれに突っ込んだ情報が掲載されているものの、大体が報道や政府発表のまとめです。ネットでは国別に7年前まで遡って見られるので、中期的な情勢変化をつかむには良い目安となるかもしれません。ただ、Doyle博士は「Grisis Watchはopen source intelligenceとは呼べない」と指摘していました。

International Crisis Group:Grisis Watch
http://www.crisisgroup.org/en/publication-type/crisiswatch/2010/crisiswatch-87.aspx

2010年11月6日土曜日

Ripeness theory and intelligence

第1学期中間期の課題が本格化しています。国立ダブリン・シティ大学では、11月1日~7日まで"Reading Week"で、この間に日頃の遅れを取り戻し、エッセイの準備・執筆に充てます。先ほど、必修科目である"Resolving & Managing Conflict"のエッセイ2500語を書き終えました。Collierの"Greed or grievance"理論を取り上げた講義ですが、私が選んだ問題は「Zartmanの"Ripeness Theory"の強みと弱みについて紛争事例二つに当てはめて論じよ」というものです。

Ripeness Theoryとは、紛争介入・仲介において、"Mutual Hurting Stalemate""A Valid Spokesperson""a Way Out"を的確につかむことが和平交渉成功につながるとする理論です。簡単に説明すれば、「紛争当事者双方が、これ以上戦っても勝利は見込めないという状態の時に、自陣の状況を適切に伝えられる代表者を通じて話し合いを続け、機が熟した時、すなわちRipe Momentに交渉合意へ達する」とする必須条件を理論化したものです。

講義で必須論文だったUniversity of WolverhamptonのEamonn O'kane博士は北アイルランド紛争を例に、Ripeness Theoryには無理があると反論しています。すなわち、「HMSには1998年のGood Friday Agreement以前、90年代前半に達していた」「Zartmanの理論は一対一の紛争に当てはめられており、英国政府、Unionist、アイルランド政府、Sinn Fein、IRAと当事者が入り乱れた北アイルランド紛争で Valid Spokespersonを見出すのは困難である」などが論拠です。

私は課題エッセイの中で北アイルランド紛争を取り上げ、O'kane博士に反論しています。これまでに読んだChristopher Andrew博士の"The Defense of the Realm"には、一旦停戦を宣言したPIRAが1996年に英国でのテロ活動を再開させ、人的・経済的打撃を与えた一方、MI5をはじめとする英国側はロンドン地域のエネルギー施設破壊を狙ったテロを阻止し、PIRAの主要メンバーを逮捕しました。

しかも、MI5側はPIRAを徹底的に壊滅した、できた訳ではありません。むしろ、当時のメージャー内閣にアイルランド側との停戦へ向けた下準備を進めるよう進言しています。主要メンバーを逮捕され追い詰められたPIRAと、損害を被りつつ更なるテロを防いだMI5。結果は1997年のPIRAによる再度の停戦宣言と、翌1998年のGFAにつながっていきます。私は、1997年のこの時期が北アイルランドにおけるMHSであり、Ripeness Theoryの欠陥を補完して最終的な停戦合意へ導くのは、客観的な事象と証拠を分析し検討するintelligenceだ」と結論づけました。

Collier博士もそうでしたが、Ripeness Theoryを唱えたJohn's Hopkins University, SAISのWilliam Zartman教授もアカデミズム一筋の専門家です。まだ勉強を始めたばかりなので紛争介入・解決に明るくないですが、この分野でintelligenceの実務家出身の学者はほとんど目にしません。元CIAの分析官でGeorgetown, SSP教授のPaul Pillar博士の名前を教科書をで読んだくらいです。余談ですが、フルブライト客員研究中に、Pillar博士の「テロリズムとテロ対策」を受講しましたが、今振り返れば当時の無知と無学が残念でなりません。

日本政府が国連のPKOに自衛隊と警察官を派遣してしばらくが経ちますが、ロジスティックや警察訓練、金銭負担をするばかりでなく、intelligence活動、つまり派遣相手国・地域の情報収集と分析活動に力を入れてもいいと考えます。私は政治部記者ではないので、ひょっとしたら「すでに行っている」と批判されるかもしれませんが、取材結果や報道を見る限り、そうした実態は耳にしませんでした。覇権的な武力や絶対的な経済力がなくても、紛争解決のための道筋を提示できる能力のある国ならば、各国から尊敬されると思うのですが、理想論にすぎないでしょうか。

William Zartman
http://www.sais-jhu.edu/faculty/directory/bios/z/zartman.htm
Eamonn O'kane
http://www.wlv.ac.uk/default.aspx?page=15983
Paul Pillar
http://explore.georgetown.edu/people/prp8/

日本で無学だったために、Ripeness Theoryの"Mutual Hurting Stalemate""Valid Spokesperson""a Way Out"の学術的な日本語訳が分かりません。ご存知の方、こっそり教えて頂けると幸いです。