2010年12月19日日曜日

Fulbright Research Network

以前の投稿で紹介したTraCCCのLouise Shelley教授に近況報告のメールを送ったら、先日、励ましの言葉とともに返事が届きました。「多忙な時期だから」と短く書かれたメールの中には、バルカン諸国を対象にテロ対策を研究する上で、貴重な助言・ヒントも添えられていました。加えて、Shelley教授経由で取材した、AML/CFT専門の弁護士も筆者を覚えていて下さり、挨拶のメールにブラックベリーから即座に返信してくれました。嬉しさと同時に励まされる思いです。

修士論文では、大学院のある教授から「北アイルランドと旧ユーゴスラビアのAML/CFT比較には無理がある」と指摘されました。北アイルランドとスペインの国内テロ対策か、バルカン諸国、例えばクロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアの3か国のテロ対策比較のどちらかを選んではどうかと提案され、迷っているところです。せっかくアイルランドで学んでいる身ですが、何度か訪れて馴染みのあるバルカン比較に決めようかと考えています。ボスニアの情勢は今も不安定な面があり、研究を進めるにあたって、ニュース性を追求できる可能性もありそうだからです。

以下は、2005-2008年のFulbright Scholarでバルカン出身の政治学者。
  • Andelic, Neven: University of Sarajevo
  • Pavlovic, Dusan: University of Belgrade
  • Tahiri, Edita: University of Pristina
Tahiri氏は現在、コソボ共和国の国会議員のようです。
http://www.assembly-kosova.org/?cid=2,102,525

こちらはTraCCCで旧ユーゴスラビアの政治と地下経済を研究していた米国の官僚Christopher A. Corpora氏の論文。研究提案で引用させてもらいました。
http://www.cla.wayne.edu/polisci/dubrovnik/readings/corpora.pdf

余談ですが、ワシントンDC留学時に同年代のフルブライターとして仲良しだったアルゼンチン人の研究者が、2011年3月からドイツ・デュッセルドルフにある大学院の博士課程で学ぶことになり、近いうちの再会を約束しました。国籍も専門も違っても、こうしてつながりを維持できるFulbright Networkの強さには感謝しなければなりません。

Suicide bomber / Information Sharing

ゲストスピーカーによる講義のメモ。

15日: Dr. Mia Bloom, Pennsylvania State University
http://www.icst.psu.edu/Personnel.shtml
  • 1980年代にLebanon, Kuait, Sri Lankaの三か所でしか行われなかった自爆テロは、1990年代から一気に拡大し、2009年までに22か国で48グループが実施している。
  • 北アイルランド紛争では、キリスト教カトリックが、教義から自爆テロの手法を許さなかった。
  • 2004年中に163件だった自爆テロは、2005年は約350件に倍増、2008年には700件に上った。急激な伸びの背景には、アメリカ軍が進攻したイラクの他、パキスタン、ウズベキスタン、タジキスタンでの発生増加がある。
  • 現代のタリバンは旧世代とは違い、"PC friendly"で、インターネットを通じて自爆テロ志願者を集めている。
  • 自爆テロリストには女性も加わっている。イラクのSamira Ahmed Jassim(女性)は、約80人の若い女性のレイプを手引きした上、彼女たちをイスラム教スンニ派地域で自爆テロへ導いた。
  • 女性の自爆テロリストは敵の目を欺きやすいという利点がある。インドのラジブ・ガンジー首相他17人を殺害したスリランカの"Dhanu"は有名。抱えた爆弾を隠し、妊婦を装う手口もしばしば使われる。女性はヘジャブやブルカで全身を覆うため、見つかりにくい。
  • Hanadi Jaradatは法律学士を持ち、生活に困らない身分だったにもかかわらず、自爆テロを行った女性テロリストもいる。
  • その他の利点は、プロパガンダ効果が高いことと、男性への触発になること。花嫁姿に偽装した男性自爆テロリストが逮捕されたほどだ。
  • 子供に洗脳教育もされている。"Suicide bomber, Mickey Mouse Terrorist", アニメキャラクターなどメディアを通じてテロへと誘う手法。
  • ウズベキスタン、パレスティナ、インド、ソマリア、イラクで特にアルカイダ系のテロ組織が女性の自爆テロリストを使っている。特にチェチェンのテロ組織が女性に自爆テロへのドアを開けたとみられる。
  • 女性の自爆テロリスト対策として、US Transportation Security Administration (TSA,運輸保安庁)はボディチェックのために大量の女性職員を採用、配置する対策をとっている。
  • スリランカのLTTE(タミル・イーラムの虎)をはじめ、多くのテロ組織と接触して分かったことは、テロリスト達も外部の人間、研究者と話したがっているということ。いかにシンパシーを持っていると思ってもらうか。逆に報道の人間に対しては、テロのために利用することを第一に考えている。
  • 各地にアルカイダ系組織が存在するが、フィリピンの組織はイデオロギーに基づくテロ遂行よりも、金儲けのための組織犯罪集団と化している。
  • パレスティナのある家庭では、兄が有名なテロリスト、弟が米・コロンビア大学で博士号を取るという極めて対照的な人生を歩んだ兄弟もいた。
17日: Mr. Michael Lynch
Garda Detective Sergeant, Domestic Violence & Sexual Assault Investigation Unit
Interpol Specialist Group on Crimes against Children
※"Garda"とはアイルランド国家警察のこと
  • Interpolでの多国間情報共有には実際、時間がかかる。官僚機構のためで、time consumingだ。
  • 他国警察のintelligenceはmutual legal assistanceという制度の下、自国で逮捕状を請求するときにのみ、利用できる。一般的には6か月から12カ月後に捜査情報がフィードバックされる。
  • Interpol Child Sexual Exploitation Database (ICSE)。 児童ポルノ、児童虐待の被害者・加害者は偽名でネット上などに表れる。そのため、多国間の捜査協力では写真による照合と特定が不可欠だ。
  • Age of Consent (結婚・性交渉の承諾年齢)は欧州各国でバラバラ。スペインでは13歳、ドイツでは14歳、アイルランドでは17歳、アメリカでは18歳未満が違法行為とされる。
  • 現在は東ヨーロッパの旧共産圏で、児童ポルノの犯罪行為が多い。
  • Gardaは世界各国のアイルランド大使館にLiaisonを送っている。Interpolのあるフランス・リヨンのビルには、Europolも所在している。
  • 英国とアイルランド共和国間のInformation Sharing Agreementにより、Northern Ireland Police ServiceとGarda間の情報共有は円滑だ。

2010年12月18日土曜日

Rogue state and denuclearization

年内最後のエッセイを今週提出しました。問題は「国際社会は、ならず者国家(Rogue state)をいかに対処するか」。東アジア情勢が緊迫している時期だけに、北朝鮮を例に書きました。2005年に発覚したバンコ・デルタ・アジア事件と米国愛国者法311条、「拡散に対する安全保障構想(Proliferation Security Initiative : PSI)」をケーススタディとして、「中国を含む各国はマネーロンダリングと、核関連物質の輸送を犯罪化すべきで、犯罪が発覚したら、外交交渉とは切り離して強制的な制裁を加える」という、少し強硬的な政策提言としました。

参考図書・論文の中に、やはりアメリカでお世話になった先生の著作がありましたので紹介します。
  • Byman, D. and Waxman, M. 2002. The dynamics of coercion: American foreign policy and the limits of military might. New York: Cambridge University Press.
  • Byman, D. and Lind, J. 2010. Pyongyong’s survival strategy tools of authoritarian control in North Korea. International Security, 35(1). pp. 44-74.
Daniel Byman教授はGeorgetown, the Center for Peace and Security Studiesのディレクターで、フルブライト留学でホストになって頂いた先生です。中東とテロの専門家なのですが、特に2本目に挙げた論文では中東各国の事例を基に、北朝鮮・金体制の分析を試みていて納得させられる内容でした。論文を見つけた時は「中東の専門家がどうして北朝鮮を?」と訝しんだのですが、いざ読んでみると、分析力のある頭のいい学者とはこういう人のことを指すのか、と思います。

Daniel Byman
http://explore.georgetown.edu/people/dlb32/

今回のエッセイでは、学部の母校青山学院大学国際政治経済学部の先生方がまとめた論文集からも引用させてもらいました。学部生当時、国際政治学の授業で教えていた土山實男先生らが編集し、国連大学出版から出されている本の中から、青井千由紀准教授が執筆したPSIに関する論文を参考にしました。
  • Aoi, C. 2008. The proliferation Security Initiative from an institutional perspective: An “outside-in” institution? IN: Timmermann, M. and Tsuchiyama, J. (eds) Institutionalizing northeast Asia: Regional steps towards global governance. Tokyo: United Nations University Press, pp. 185-203.
土山實男先生
http://www.sipeb.aoyama.ac.jp/ja/contents/instructor/j_tsuchiyama.html
青井千由紀先生
http://www.sipeb.aoyama.ac.jp/ja/contents/instructor/c_aoi.html

それにしても、日本から遥か西の彼方にあるアイルランドの大学図書館で、母校の先生の名前が入った著作を見つけるとは、感慨深いものがあります。土山、青井両先生は、George Washington, Maryland, MIT, Columbiaで修士号、博士号をとっています。安全保障学はやはりアメリカの大学が大きな主流であると分かります。

2010年12月4日土曜日

Ireland & UN Peacekeeping mission

アイルランドは国連PKO活動にかなり以前から積極参加しています。国防軍や外務省のホームページによると、PKO初期の1958年から派兵しており、現在もレバノン、アフガニスタン、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、チャドなどで活動しています。学科長のJohn Doyle博士によると、派兵数は全軍人の約10%で、国際的にみて高い割合だそうです。

一方、国家警察も1989年から各地に派遣され、平和構築"Peace Building"などの活動に加わっています。アイルランドとしては計46ミッションに派遣され、これまでに隊員85人の犠牲者を出していますが、大学院の講義やコメント、ゲストスピーチなどを聞いていると、中立政策に基づくPKO積極参加がアイルランドの誇りでありアイデンティティーであると分かります。

http://www.dfa.ie/home/index.aspx?id=81379
http://www.military.ie/overseas/index.htm

日本ではPKO大国として紹介されるカナダでは、国連外交やPeacekeeping, Peace Enforcement & Buildingの研究が盛んなようですが、Dublin City Universityにも講義は揃っています。列挙すると、
  • Resolving and Managing Conflict
  • International Law and the use of Force
  • International Law and Development
  • Principles of Public International Law
  • International Human Rights Law
  • Peace-keeping and Peace-Making Interventions
  • Politics of the UN
などなど。日本の大学生で国連や国際機関への就職を目指す学生は、アイルランドも留学先に考えていいと思います。周囲の友達で、修了後は国連機関への就職を希望している人は国籍を問わず結構います。私もJunior Professional Officerに応募できるくらい若ければ(32歳以下で修士号と社会経験が必須)、違った道を目指していたかもしれません。

Rogue Connection

修士論文と、今月15日が提出締め切りになっているInternational Securityのエッセイのために文献を乱読していたら、旧ユーゴスラビアや北朝鮮、北アイルランドに絡む興味深いつながりを発見しました。少し前の話で今更の感がありますが、それでもこれから勉強する身にとっては大ニュースです。

一つはセルビア本国とボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人地域スプルスカ共和国が、イラクのサダム・フセインに武器を供与していたという、International Crisis Group (ICG)のレポート。

http://www.crisisgroup.org/en/regions/europe/balkans/serbia/136-arming-saddam-the-yugoslav-connection.aspx
(PDFファイルの詳細レポートもあり)

もう一つは、北アイルランドのIRA関係者が北朝鮮製の偽米ドル札「スーパーノート」を英国や東欧で流通させていたというIrish Timesと、The Suday Independentの詳報。

http://www.irishtimes.com/newspaper/features/2005/1017/1127148503174.html
http://www.independent.ie/national-news/us-pursues-sick-old-republican-in-counterfeit-scam-1622972.html

今後、研究と勉強を続けていく中で、学術的にもニュース性のある発見を自分自身でできればと思います。余談ですが、ICGのPDFファイルに出ているのですが、ボードメンバーの中に、朝日新聞主筆の船橋洋一氏が日本人として唯一含まれていたことにも驚きました。

北朝鮮関連で加えると、米国のSylacuse Universityが2011年春に、北朝鮮・平壌のKim Chaek Universityと若手研究者の交換交流を始めるようです。両大学は2001年に図書館情報プログラムとソフトウェアに関して提携しました。 US Congressional Reseach Serviceのレポートが明らかにしています。

http://www.fas.org/sgp/crs/nuke/R41259.pdf

CRSレポートはかなり広範囲の分野について随時まとめているので、米国の国益のための視点とはいえ、フルブライト留学時代から非常に重宝しています。リンクをお気に入りに加えておきました。

2010年12月2日木曜日

European Union's Homeland Security Challenge

11月末に修士論文研究テーマのプレゼンテーションを終えました。表題の通りEU圏内安全保障政策についてで、米国留学時から続けているマネーロンダリング・テロ資金供与対策(Anti-Money Laundering/Countering Financing of Terrorism, AML/CFT)に焦点を当てて比較分析します。比較対象は北アイルランドとバルカン半島国、おそらくボスニア・ヘルツェゴビナになろうかと思いますが、そこは近く指導教官に相談して決めたいと思っています。

1990年頃から現在まで、世界のAML/CFTはG-7を中心とする政府間組織Financial Action Task Force (FATF)を中心に発展、各国に対策を促してきました。

http://www.fatf-gafi.org/pages/0,3417,en_32250379_32235720_1_1_1_1_1,00.html

FATF加盟国・地域は現在36で、日本と英国は1990年から、アイルランドは1991年からメンバーです。当初は麻薬取引などによる犯罪収益対策が中心でしたが、2001年の米国同時多発テロ以降、テロリスト資金供与対策にも対象を拡大させ発展。加盟国・地域に求める対策は"Recommendation 40 + 9"という勧告にまとめられています。

他方、FATF加盟国以外の地域にもAMF/CFT対策を施すために、地域組織が各国により設立されています。それらをまとめて、FATF-Style Regional Bodies (FSRBs)と呼んだりするのですが、その一つに欧州評議会によるMONEYVALというのがあります。

http://www.coe.int/t/dghl/monitoring/moneyval/

ボスニア・ヘルツェゴビナやセルビアなどバルカン諸国はMONEYVALの加盟国で、欧州評議会によりFATF Recommendation 40+9の履行状況をチェックされています。

所属組織だけでなく歴史的、社会的背景は全く異なるものの、同じ国際ルールに則ってAML/CFT対策を進める南北アイルランドとバルカン諸国。この二地域を比較分析しようというのです。現段階では両者がAML/CFT対策を始めた年から現在までにおけるマネロン犯罪の検挙件数や、差押え金額などの統計をまとめ、報道された主だった事件を分析しながら、政策効果や国際的組織犯罪、テロ資金ネットワークを解明しよう(そこまでできるか分かりませんが、目標として)と考えています。

研究を始めるにあたり仮説としたいのは、AML/CFTの共通ルール履行も大切だが、対象国によっては地域特性を考慮した特別ルールが必要で、今後はそこに重点をおくべきではないか。

例えば、ボスニア・ヘルツェゴビナを例に挙げると、国際社会監督による平和構築が進んでいますが、同国内で蔓延していた汚職や組織犯罪は根絶されていません。過去に、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人地域スプルスカ共和国軍が、イラクに軍事援助をしていた事実が明らかにされています。平和構築においても、欧米諸国・西側の価値観で推し進めるのではなく、貧困や失業などその国の社会的要因を考慮しなければならないと指摘されています。同じことがAML/CFT対策にも言えるのではと考える訳です。

Reference: Corpora, Christopher A. "The untouchables: Former Yugoslavia's clandestine poitical ecnomy", Pugh, Michael. "Rubbing salt into war wounds: Shadow economies and peacebuilding in Bosnia and Kosovo", Problems of Post-Communism, 51(3), May/June 2004

日本に置き換えて考えると、日本政府はFATF勧告履行を進めるべく、警察庁が中心となって業界指導にあたっています。FATF勧告の肝は、金融機関・業界をはじめ、不動産、宝飾品業界など幅広い分野における顧客情報管理、疑わしい取引の報告と記録保存を義務付けていることにあります。例えば、銀座の高級ブランド店で、100万円の宝石をプレゼント用に買ったら、購入者の個人情報と購入記録は店に保存され、何か事があった場合、その情報は当局に報告されることになります。

廉価で購入できる金やダイヤモンドの産出国ならいざ知らず、輸入代理販売がほとんどの日本の宝飾品業界にも同じ義務履行を求めることにどれだけの意味があるのでしょうか。仕入れ価格が高くつく分、それを売却するロンダリングのうまみは少ないはず。むしろ、暴力団がしばしばペーパーカンパニーを使って売買・投資収益を上げている不動産業界に義務履行の徹底と情報収集協力を求めるべきでは。それが地域特性を考慮した対策だと考えます。

ボスニアやセルビアを比較分析の対象とするのは、両国が将来のEU加盟を目標にしているからです。また、以前も書きましたが、近年ボスニアには中東、中近東、アフリカなどからイスラム教徒の流入し続けており、テロ組織との結びつきなど社会の不安定化が懸念されています。その状況下、EU Homeland Securityはいかに追求されるべきかを考察するのが修士論文の目的です。

ボスニアやセルビアについて調べる際、セルボ・クロアチア語の壁にぶち当たるのは目に見えているので、フルブライト・ネットワークを駆使して、協力・助言を求めにサラエボ大学やベオグラード大学の教授を訪ねようと考えています。以下は、今後参考にしたい本や政府機関のリンクです。

学科長のJohn Doyle博士が編集した北アイルランドの治安対策に関する論文集
http://www.ria.ie/Publications/Books/History/Policing-the-Narrow-Ground--Lessons-from-the-Trans.aspx
北アイルランド警察
http://www.psni.police.uk/
ボスニア・ヘルツェゴビナの高等代表
http://www.ohr.int/