2011年4月6日水曜日

Human trafficking in Ireland

先月、人身売買"human traffcking"に関する外部識者の講演が大学院であった。講師は法務・平等・労働改革省の役人と国家警察"Garda"の捜査員。アイルランドの人身売買に対する取り組みを説明していたが、犯罪者に対する裁判所の量刑の短さに憤っていた点が印象的だった。講師によると、人身売買の罪に対しては終身刑まで問えるが、現実には懲役5-6年がせいぜいといったところだ。講演の目的の一つには、人身売買罪に対するそうした世論の意識を高めようという狙いがあったと推測される。一例として、政府の対人身売買キャンペーン"Blue Blind Fold"を紹介していた。

http://www.blueblindfold.gov.ie/

2009-2010年の間に捜査した人身売買の刑事事件は66件あったが、立証できないケースもかなりあったという。理由は、被害者が入国資格を取り消されたり、法律違反に問われるのを恐れたためで、捜査員は「事情聴取に対し嘘をついていることがある」のだという。

人身売買の目的は、やはり女性と子供の売春で、男性には劣悪な条件下で強制労働に従事させることだ。アイルランドにおいては、売春目的の被害者はナイジェリア人が多く、強制労働は中国とフィリピン人が目立つという。講義では、事件の再現DVDも流され、芸能界で歌手を夢見ていたアイルランドの女の子が、ナンパしてきた男に口説かれ、「有名になれるから」と大人たちと肉体関係を持たされた挙句、男の一人に拉致され、監禁先の売春宿で働かされた、というケースも紹介された。

近年、アイルランド国家警察はイギリスの警察当局との共同捜査などで、ルーマニア国籍3人、リトアニア2人、英国・ウェールズ3人、アイルランド6人を人身売買やマネーロンダリングの罪などで逮捕した。背後には、「欧州における貧困と所得格差による難民申請絡みが多い」との分析がなされたが、これに対し、ルーマニア人学生が問いただす一幕もあった。

アイルランドは英国の他にも、国連、EU、欧州評議会"Council of Europe"、国際移住機関"International Organization for Migration (IOM)"などと協力。また、"Blue Blind Fold"では国際航空運送協会"The International Air Transport Association (IATA)"や、NPOの"TIRAZAH"と協力している。TIRZAHによると、アイルランドの性風俗産業は年間1億8000万ユーロの売り上げがあり、2007-2008年にわたる21カ月間で、102人の女性が人身売買によってアイルランドに送られてきた、としている。

人身売買は、薬物取引や武器類の密輸と並んで、組織犯罪の主な収入源だ。地域によっては、テロリストやテロ資金にもつながっていく。アイルランドでは「人道に対する罪」の観点が強く、国家警察Gardaがテロ資金まで遡って捜査をしているかは疑問だ。他方、ボスニア・ヘルツェゴビナやバルカン半島諸国で人身売買に手を染めている国際犯罪組織とテロリストの繋がりは、専門家によって指摘されているところだ。アメリカ国務省もそうした点を当然、把握したうえで、毎年詳細な"Trafficking in Persons Report"をまとめている。

http://www.state.gov/g/tip/rls/tiprpt/index.htm

余談だが、今年1月下旬に日本へ一時帰国した際、パリのシャルル・ド・ゴール空港で成田行きの便に乗り合わせたルーマニア人女性2人と到着後、言葉を交わす機会があった。ブカレストから来たという彼女たちが「迎えに来るはずの友人に電話をしたいのだが、公衆電話はどこか」と私に聞いてきたので、成田空港内で一緒に探そうしたところ、「友人が見つかったから、もういい」と言って手を振ってきた。彼女たちが落ち合った"友人"とは、英語をほとんど話しているようには聞こえない50歳代以上の痩せた日本人男性だった。"Trafficking in Persons Report"で日本に対する評価と分析が興味深い。